【短編】とじようの現実郷

エッセイと俳句。 最近はたまに小説。 人質を解放してください。

ファン【完全版】

——出られないんじゃないですか?
——冗談です。
——あれ、知りません?あそこ、人入ってるみたいなんですけど、長い間出てきていないみたいですよ。いや何時間とかじゃなくて。
——さあ、詳しくないです。怖いですよね。嘘じゃないですって。私も入った時先輩から聞かされました。会員証のデータ見る限りは普通の人っぽいですけどね。

——ああ、それはポイント特典らしいです。

1
「ネカフェはほんまに住めるくらい快適らしいな」
 向かい席に座っていた新任の安田先生は机に両手を着いて素早く立ち上がる。
「そう! 私は漫画目当てですけど、漫画好きじゃなくても楽しいと思います!」
 彼女の着ている紺色のカーディガンに刺繍されているワンポイントを一瞥したあとすぐに、左腕のスマートウォッチに目を落とす。思ったように文字盤が表示されない。安田先生は満足そうに席に座ったあと、タブレットで今日の予定や授業に必要なものをまとめている。
 社会人になってから、というより教師になってからは怒涛の日々だった。歳を重ねるごとに一年の体感速度が数週間ずつ縮まっている。もしかすると一年間が数ヶ月や数日に感じてしまう日、いや数時間に感じてしまう日が来るのではないかと思ったが、怯える時間すら無かった。
 ただ、感じる時間が早くなるにつれてなのだろうか、職員室のコピー機が、一定間隔で紙をを吐き出すように精確に授業を、それでいて、印刷したてのプリントのような暖かさで生徒に接することができるようになった。
 もっとも、もうコピー機なんて使うことは無い置物である。ここ数年で教科書やプリント類は全てタブレットスマホ、パソコンなどの電子機器に変わった。最初は違和感があったが、流石にもう操作が分からなくて他人からいじられることも無くなった。こういったICTの導入が余計に時を早く感じさせているのかもしれない。
 誰かがエンターキーを強く叩いた。
 授業で使う動画の音声、コミュニケーションツールの通知、ここで聞こえる音も時間の流れとともに変わっている。
「ドリンクバーとかご飯もあるし、シャワーもついてるんですよ。長い時間おってもそんなに高くないし」
 安田先生の〝ネカフェ推し〟に、今朝自動販売機で買った緑茶のラベルの販売者を読みながら答える。
「たしかにたまにはいいかもな。安田先生は漫画好きやもんな。あれちゃうん、なんやっけあの漫画。」
「『アイランド・パーク』! めっちゃファンなんです。特に推しのオークニーがかっこよくて。なんであんなかっこいいんやろ」

——あ。
 今でも変わらない聞き慣れた音が鳴ると、職員室は一気に静かになる。先生たちはタブレットやノートパソコンなどを脇に抱えゾロゾロと動き出す。私も行かなくては。
 教室に向かう途中、駆け足の背が高い生徒とすれ違う。危ないということを伝えながら、今日の時間割を頭の中で考える。三年の授業が三コマ入っているということは、もう月曜日。部活動勧誘ポスターの昔と変わらないフレーズが目に入ったことで、変わっていくものと変わらないものに思いを馳せる。ポスターが電光掲示板になっても、このフレーズが変わることはないだろうと。
 日々が目まぐるしく変わりすぎて不安だ。特に三年の生徒を見ると思い悩む。あの年頃の不安と焦燥に似ている。実体のない何かと戦っている心地がするのだ。このままだと早すぎる時間に置いていかれてしまうのでは無いだろうか。何も分からなくなって、すぐにみんなに忘れられてしまうのではないだろうか。何もかも無くなってしまうのではないだろうか。
 階段で二階に上がってすぐの所にあるのが私のクラスだ。まだ騒がしい教室の引き戸をあけると生徒たちの動きが変わる。チョークで縦に書かれた6月17日(月)という文字はガタガタだ。教卓が南向きの窓から入る日光の反射でテカテカに光っている。ここにタブレットを置いて手を叩くと、生徒たちの一日が始まるのだ。
 多忙な日々を送っているが、生徒と触れ合う時間は案外楽しいものだ。何事にも無頓着な私でも、生徒がちゃんと出席していれば嬉しいし、休んでいる生徒や体調が悪そうな生徒がいれば心配になる。出席はいまやコミュニケーションアプリ内でとることになっているが、実際に生徒の顔を見ることが大切なのだと思う。生徒の体調や状況、雰囲気を把握したり、些細な成長を確認するのは最も重要だと言える。
 ホームルームが終わったあと、時計が止まっていると言われたので、教室の中央へ向かうと、生徒の岩方に呼び止められた。
「先生『アイランド・パーク』みてへんの」
岩方と吉田が笑顔でこちらを見ている。
 相変わらずこいつらは仲良しで人懐っこい。
「あー、それなんか安田先生が話してたわ」
 本日既に二度目の話題に若干の飽きを含んだ気だるさがある声色で答える。
「めっちゃおもろいで、な?」
 机に腰かけた岩方はシャツの第1ボタンを外して着ている。
「おん、最近アニメ始まったから、今のタイミングで見るのおすすめですよ。面白いんで見てみてくださいよ」
「マジで続き気になるわー」
「そうなんや、また見てみるわ」
「それは絶対見んやつやん」
 笑顔のまま腕時計と教室の時計の文字盤を交互に見たあと、教室を後にした。

 全ての授業が終わった。月曜日はいつも気がつけば放課後なのだ。
 国語科の教員として働いて、もうすぐ十年になる。会社員の時間の感覚は分からないが、日々授業やその準備、部活、膨大な量の添削や採点、評価、さらには保護者の対応などまで行わなければならない教員は、会社員より絶対に忙しい。
 『枕草子』とブルーライトをぼーっと眺めながらそんなことを考えていたが、最低限の仕事は終わったし、もう荷物をまとめることにした。立ち上がり辺りを見渡す。忘れ物やこの後の予定がなかったかを三回ずつ確認した後、左手に鍵を握りしめて職員室を後にする。
 体育館の隣を通って駐車場へ向かう。うなじに手を当てながら首をまわし、一番奥に停めてあるお気に入りの車に鍵を差し込んで乗り込む。年季の入った助手席に荷物をやさしく放ち、エンジンをかけると、低い轟音がなり、お腹がすいていることを思い出した。

 二十分程度車を走らせ、ボロいアパートの駐車場にバックで車を停める。そっとドアを閉めて素早く鍵をかける。過ごしやすい気候だが、だんだん蒸し暑くなってきている。水を吸った薄手の毛布が身体に覆いかぶさってきているようだ。鼻で吸い込んだ空気は『生』という感じを思わせる。第一ボタンを外し、ネクタイを少しだけ緩める。
 そういえばこの前、衣替えだった日に岩方が冬服のまま登校してきたことを思い出す。そんなことを言っている間にすぐ夏休みになり、年が明け、学年が変わり、彼らはあっという間にら立派になって卒業していく。誇らしいことだ。時間の流れにはいいことが沢山あると思う。
 家の前から横に真っ直ぐ伸びる道を歩き国道と交差する地点に居酒屋がある。赤い提灯が下がっているのが目印でわかりやすい。他人の家のお風呂の匂いがするその道を歩く。
 店の前に立つと、木が格子状に組まれていて、磨りガラスがはめ込まれている引き戸にA4サイズのプリントが貼り付けられていた。読んで落胆した。そういえば提灯にも光が灯っていない。さっきよりも一層、どんよりと場の湿度が上がった。こればっかりは仕方がない、居酒屋からすれば月曜日は開けていなくても問題ないのだろう。
 大人しくアパートに帰ろうとした矢先、信号を渡った国道の反対車線に、見慣れない建物がある気がした。ネットカフェがオープンしているのが見えるではないか。 全く気に止めていなかった。
——漫画好きじゃなくても楽しいと思います。
 安田先生の声が脳裏に響いた。
 帰宅ラッシュで騒がしい国道をわたって、ネットカフェに向かった。

 『アイランド・パーク』はシチュエーションスリラーと言われるジャンルらしく、閉鎖された島の中で複数人の高校生が協力して謎を解いたり、時には裏切りあったり、そして残酷に争いあったりするというような内容だった。
 なるほどこれは面白い。フロントで貸し出された電子書籍や映像作品などの娯楽が楽しめるタブレットを使い、ページをスイスイとスワイプする。誰かが死ぬかもしれないスリル、極限のサバイバル感が面白い。
 特に、キャラクターの記憶から、脱落したキャラクターに関する記憶が消えるという設定が秀逸だ。直前までどれだけ争っていても、悲しんでいても、その人のことを綺麗さっぱり忘れてしまう。「死」というものに、いなくなることと、忘れてしまうことの二重の意味が込められているのだ。それがこの漫画が他の作品とは違う部分である。キャラクターの死をより怖いものにしている。さらに、いい所で場面が別のキャラクターに切り替わるので、続きが気になって仕方がなく、読むのをやめられない。画面を見たままコーヒーを啜る。
 オークニーは参謀的な立ち位置で、キャラクターデザインもさることながら、頭脳明晰でどこか影のある感じがとても魅力的なキャラクターだと思った。だから彼が死んでしまうシーンは強く印象に残っている。普段は冷静で感情を表に出さない彼が、仲間を想ってあんなセリフを残すとは。安田先生が〝推し〟というのも頷ける。夢中になっているうちに、ほとんど液体になってしまったソフトクリームを口に運ぶ。
 国語教諭ということもあり、読書は早い方だと自負していた。緻密な心理戦があったからか、読むのに時間がかかってしまったのだろう。五巻は読みかけだが中断して、早回しのような日々に対する不安と少しの苛立ちを炭酸飲料で胃の深くに流し込んだ。

2
「言うた通りやろ!」
「ほんまに読んでくれたんですね、何巻くらいまで読んだんですか」
 ホームルーム後に二人を呼び止め、私は少し自信がある感じで話をした。
「たしか、五巻の途中やったと思うわ」
「いや先生、今まだ四巻までしかでてへんわ」
 岩方が間髪入れずツッコんでくる。
「あれ? じゃあ四巻や」
「続き気になりますよね? てか先生アニメもクオリティ高いんで、見てみてくださいね。まだ2話なんですぐ見れます!」
「おう、普通にハマったから見てみるわ」
「なんか嬉しいな?」
「おん」
 それからもこれからの展開の予想についてや、好きなキャラクターなどについて少しだけ話し合った。生徒と話す時間は大好きだが、話が合うというのは初めての体験で、また違う楽しさがあって愛おしかった。
 生徒たちと私が感じている時間の流れは違う。
 人の体感時間は二十歳で折り返し地点だと言う話がある。私の体感と比べると、こんな些細なやり取りでも、生徒たちにとっては濃密で、かけがえのない思い出になることもあるだろう。
 時の流れは悪い部分もある。時間はどうやっても取り返しのつかないものだ。戻すことは絶対に出来ない。この歳になっても、それが不安で仕方がない。
 私の永遠は既に半ばをすぎている。

 安田先生が大喜びしている。
「キャラクター誰が好きですか? 私オークニーめっちゃ好きなんですよ!」
 漫画を読んだことを伝えると、いつにも増して元気な声色で食いついてくる。
 インスタントラーメン、おにぎりの海苔、コーヒーこの時間はいつも色々な匂いが充満している。
「ああ、あいつかっこいいな。でも死んでもうたよなー」
「いや死んでないですよ、何を言うてるんですか。死亡フラグすらないって。」
 サンドウィッチを頬張る小動物のような彼女は眉間にしわを寄せている。
「あれ、おかしいな、昨日読んだ時、死んでもうたかーと思ってんけどな」
 好きなキャラだったので、記憶違いでは無いと思うのだが。
「いやそんな縁起悪いこと言わんとってくださいよ。推しが死ぬなんて耐えられへんわ!」
 自分の頬が少し緩むのをかんじながら、机に横たわった、まだ開けていないおにぎりの原材料を見つめる。
 右手で端末を操作し、吉田の回答すべてに丸をつける。このあとも授業だ。全クラスの採点が終わる頃には定時を回っているだろう。

 街灯が灯った。
 サイドミラーをたたんで、車から降り、一本道をあかりの灯った提灯を目印に進む。どこかの家から聞こえるテレビの音が、どこか違う世界の言語のように聞こえる。『アイランド・パーク』は最新刊まで読み切ってしまったようだが、どうしても続きが気になる。まんまとハマってしまった自分がおもしろおかしくて右の口角だけ上げながら歩く。電柱に貼り付けられた番地はいつも通りだ。
 こうなったらアニメも見たい。二話なら一時間もかからないだろう。少し先に見えた信号が青であることに気が付き、小走りで横断歩道を渡った。
 前回作らされた会員証を受付に手渡し、次で入店ポイントの特典が受け取れると説明を受ける。確かに初回の申し込み画面にそう書かれていた。ドリンクバーで補給をし、マグカップを片手に陣地へと向かう。
 最近のネットカフェは紙の書籍は置いておらず、全てタブレットで完結するのがすごい。その分部屋数が多く、フロアにゆとりがあるようだ。ほかの利用客が読みたい漫画をゴッソリと部屋に持ち込んでおり、読みたい作品が読めなかった、という話を学生時代に聞いた覚えがある。その心配も無いということだ。
 ドアノブに手をかけ、清潔感のある個室でタブレットを操作し、『アイランド・パーク』のアニメ版を再生した。
 漫画とおなじ冒頭だ。出られない空間から話が始まるので、情報が少ない分、釘付けになる。理解しようと集中するからだ。最初はキャラの声に違和感を覚えたが、数分後には気にならなくなっていた。声優だけではなく、音楽や効果音がつくと雰囲気が出て最高だ。エンディングもすごく良かった。長らくこの感覚を忘れていた気がする。
 鼻歌を歌いながらアパートの階段を一段飛ばしで登って角部屋へと帰宅した。

3
 太陽が雲に隠れた。
 回答を聞き終えた時だった。
 『枕草子』に興味を持っているのは二、三人程度に見える。しかし古典には成人してからも頭に残って離れないフレーズやワードがあるということを私は誰よりも知っている。古典のそういうところが好きだ。
 廊下側の席に座る生徒の一人が机に顔を突っ伏しているのを注意しながら、現代の美意識と昔の美意識は変わらないところがあって面白いということを声を張って説明する。
 大昔に書かれたこの作品も、おおよそ千年という悠久の時間がたっても忘れられることなく、現在まで読まれ続けている。ずっとずっと生き続けている。緻密な心理戦や争いあいはないが、これからどんなに時間、月日、世紀が経っても忘れ去られてしまうことは無いだろう。
 そんなふうにまとめて、最後のスライドを投影したところで、チャイムが鳴った。

——はい、さようなら。
 すれ違う生徒全員に別れを告げながら、廊下を歩く。横を歩く安田先生は三本のラインがはいったジャージを着ており、ちょこちょことわたしに付いてくる。首から提げたストップウォッチもお腹の辺りでちょこちょこ弾む。
 早足で保健室、放送室、校長室を通り過ぎながら、それらとは反対側の窓の外を見渡す。グラウンドはしずかで、薄暗くて何も無い空間が広がっている。日は長くなってきてはいるが、曇っているせいで影がなく、のっぺりと抑揚のない様子だ。さっきまで岩方がコンマ一秒を突き詰め、必死に走っていた場所とは思えない。その温度差は、久しぶりに実家に帰った際、見慣れた家具や家電が様変わりしていて、喪失感があったことを想起させる。つい最近までそこで起こっていたことは全て無かったとでもいうようなその光景を思い出し、ゾッとした。
 自分の机に戻った時、古典の先生でも最近の作品にハマるんですね、と言われておかしかった。たしかに古いものが好きで、車も家も驚かれたことはあるが、最近のものが嫌いなわけでは無い。そもそも何かを読むということが大好きなのだ。そう話すと彼女は、『アイランド・パーク』以外にもいい作品があるとおしゃべりが止まらない様子だった。ボールペンを取り出して、何書けるものがないかとあたりを見回しながらボールペンを握った後、一瞬考えて、彼女のおすすめをスマートフォンでひとつ残らずメモをした。

 雨が降っている。
 ここのところ、梅雨らしくなく快晴が続いていたが、今日はジメジメとした空気が辺りを覆っている。
 テスト期間に入ったため、部活動も休止中。息抜きのためあそこに行く。
 右手に傘を持ちながら、革靴を履いた左足は水溜まりを飛び越えて避けながら歩く。雨粒で出来た波紋は端にたどり着く前に次の雨粒によってリセットされる。赤い提灯の前を通り過ぎた後、信号の先にある遠くの雨雲を見つめる。それからすぐ、雨雲よりずっとずっと手前にある青い看板に目をやる。そこに書かれている、馴染みある都市までの案内を読んでいると、信号もそれと同じ色になった。その時間は異様に短く、点滅は雨に滲んでいた。

 リクライニングチェアに腰掛ける。教えてもらった作品を探すため、タブレットを優しく触ると、利用履歴が残っていることに気がついた。会員だから残っているのだろう。


・ヤナセイチロウ(2030年6月17日(月)18:42ー21:56)
ヤナセイチロウ(2030年6月18日(火)20:37-21:22)


 やはり漫画を読んだ時はそれなりに長い時間滞在したのだなと思い、書籍の閲覧リストを見る。


・『アイランド・パーク1』
・『アイランド・パーク2』
・『アイランド・パーク3』
・『アイランド・パーク4』
・『アイランド・パーク5』


 あるじゃないか、五巻。タップすると読みかけの五巻が液晶に写し出される。やはり自分の勘違いではなかった。最近発売されたのだろうか。その拍子にマグカップが前歯にコツンと当たり、振動でコーヒーが小さな波を立てる。さらに下の方へスクロールすると、あなたにはこんな漫画もオススメです、という欄があった。
 そこには『アイランド・パーク6』から順番に、『アイランド・パーク23(最終巻)』までが存在していた。

————おかしい、どう考えてもおかしい。同タイトルの違う漫画かと思い、読み進めてみたが、それは紛れもなく私の知っている『アイランド・パーク』だった。時計の針が両手を上げているということにも気づかず、どういうことだろうかと頭を悩ませていた。いや、違う、夢中で読み進めていた。おかしいと思いながらも、おかしいと思う時間なんてないくらいに作品が面白く、ただその単純な理由だけで指を止められなかった。ひたすらに食指を左から右へと動かし続けた。

 気がつくと全巻読み終えていた。まずい、日付はずいぶん前に変わっている。早く帰らなければ。
冷や汗をかきながら急いでカウンターへ向かうと、店員が信じられないとでも言いたげな驚いた顔でこちらを見ていた。そんなことには目もくれず、会計を済ませ、領収書を素早く受け取り、握りしめたまま外へ出る。
 妙にカラッとしている。ずっと座っていたせいか足が思うように動かない。
 車通りの無い国道を渡りながら、夢中になりすぎたとことを猛省する。提灯を目印に帰ろうとするが、もうそんなものは出てすらいない。そんな時間なのだと思い、足がもつれそうなくらいスピードをあげる。そして私は、息を切らしながらアパートの前に着いたはずだった。
 冷たい風。舞い上がる砂利。そして看板。
 どうしていいか分からず、領収書を広げる。

ネットカフェ ベッドタウン ××店
××県××市×町
2080年10月14日(月) 2:46

会員ナンバー××
ご利用ブース××

入店時刻2030年6月25日(火)17:45
退店時刻2080年10月14日(月)2:46

ポイント利用