【短編】とじようの現実郷

エッセイと俳句。 最近はたまに小説。 人質を解放してください。

【短編小説】おす

 

 

 

 推しが死んだ。

 

 二次元の話じゃない。

 最近SNSのつぶやきや動画のアップロードがないなと思ってたら、突然タイムラインに流れてきた。

 むぎの推しが亡くなった。

 何度も読み返しても何回考え直してもその事実は変わらないみたいだった。

 暖房の効いた空間は、加湿器がついてるのに、不快な感じだったことは覚えてる。弟は隣の部屋でゲームをしながら、大声で盛りあがっていたけど、そんなことは気にならなかった。

 それからは頭が真っ白になっちゃって、あまり覚えてないんだけど、莉菜からのカラオケの誘いを断ったのは申し訳ないなと思ってる。

 

 すめらぎさんは配信者で、ネットで活動してる。ゲーム実況や実写動画をあげてて、めっちゃくちゃ熱狂的なファンがいるとか、金の盾をもってるのかではないんだけど、すごくすごく大好きだった。


 むぎは何不自由ない生活を送ってるなって思う。世の中の人はすぐ、生きづらいだとか、この国はもうおわりだとか言ってるけど、全然違うと思う。むぎだって、勉強できる訳じゃないし、運動神経もよくないし。全くできないことがあっても、それは個性だと思うし、武器になるということをテレビやYouTubeで知った。おバカなタレントは大人気だし、運動神経が悪いサンダース平沢もバラエティで大活躍してる。なんでも捉え方次第って気づいた。むぎだって毎日ご飯は食べられるし、ベッドで寝ることも出来る。学校帰りにはカラオケや百貨店だって行ける。それだけで十分だと気づけた。もっと幸せになってやる!って気持ちがない訳では無いけど、こう見えて意外と色々考えてる。

 

 推しのすめらぎさんはむぎと一緒で、特になんの取り柄も無い感じだった。声がすごくいい訳でもないし、長時間配信するわけでもないし、ゲームがすごく上手いわけでもないし。かといって何も酷いことはない。イケメンって顔でもないと思ってる。正直そこまで劇的に人気が出ない理由だとも思う。失礼だけどね。

 でも、そこが大好きだった。個性がないのが個性みたいな。ファンにはむぎ達みたいに、なんでもない人が多かったんじゃないかなって思う。エグい環境で育ってきた人とか、ヤバい技を持っている人の配信も見ることはあるけど、むぎはそういう人のは共感できずにそれっきりになっちゃうタイプなんだろうな。


 亡くなる少し前、莉菜にすめらぎさんにDM送ってみなよ、って言われた。むぎはすめらぎさんを推すためだけのインスタアカウント持ってたし、SNS以外も関連する記事など全てにいいねとか高評価とかをつけてた。すごく好きなことを友達はみんな知ってたけど、でもコメントは一回もしたことなくって、勧めてくれたんだ。恥ずかしいし、迷惑かなって思って、全くしたこと無かったけど、やり方やマナー教えて貰って、文章を書くのは苦手だけど、愛が伝わるようにいっぱい考えた。

 すめらぎさんは見てくれたのかな。

 

「びっくりしたね、すめらぎのやつ」

と莉菜が言う。

 今朝もすめらぎさんが、交通事故で亡くなったってことがニュースでやってた。

 ギリギリでもなく、かと言って早くもない時間に学校に着いた人達が教室で談笑しているのが聞こえる。

「ほんとにやばい、てかカラオケごめんね。来週行こ?」

「いやいや全然いいって。むぎ大丈夫かなってずっと心配してたよ。」

 莉菜の席は1番後ろの端っこで、何かある度にたまり場になってるけど、今日は私の席に来てくれてた。

「この前一緒にDMおくったりしたよね。」

「うん。見てくれたかなあ。」

「きっと見てくれてるよ。推しが死んじゃうなんてエグいこと起こったことないからさ、なんて言ったらいいかわかんないけど、いつでも話聞くからね。私も見てみよっかな。」

「ほんとに。ありがと」

「いいよ、昼ジュース奢る。」

 

 

 サイヤクすぎ。

 時間を確認した時に思う。寝落ちしたせいでスマホの充電し忘れてた。遅くまで動画を見ていたせいだよ。アラームの設定出来てなかったから、時間ギリギリで。急いで準備して学校行かないと。今日は莉菜とカラオケに行く日だと思って、髪をかき上げながら頑張って起き上がる。最低限の準備で、玄関に揃えられたローファーを右左と履いて、いつもは頭からつま先まで見る鏡を横目に、玄関を飛び出し、自転車に股がった。

 何とか間に合って、朝礼が終わったあと、朝からサイヤクなことがあったって話しながら、いつも通り1番後ろの端っこの席で放課後の予定をたてた。

 

 温存してはたけど、昼休みには携帯の充電は3%切ってて、放課後にはとうとう切れちゃった。カラオケで充電すればいいか、と思ってたけど、よく考えたらママにカラオケ行くって連絡してなかったことを思い出した。

 むぎの家は、門限とかそんなに厳しい感じじゃないんだけど、どこかに遊びに行く時とか、ご飯食べて帰る時は報告しなきゃダメなルールがある。どうしよう。今日に限って充電器とか持ち充持ってる子もいないし、ちょっとやばい事になっちゃってるかも。莉菜のスマホで家に電話したとしても、今の時間帯は誰もいないし、ママとパパの番号も覚えてない。

 なんて、莉菜とはなしてたら、

「しゅう、インスタやってたよね。アタシのアカで、むぎのアカにログインして、DM送ってみたら?」

しゅうはむぎの弟。

「え、天才すぎ。」

莉菜は世界一面白い変顔をしながら、

「天才です。アタシのスマホでカラオケ行くって伝えてもらいなよ。」

スマホを受け取る。

「待って、パスワード覚えてないんだけど。」

「えっ、なんで?誕生日とかじゃないの?」

「入れたけど無理だった。」

「もー、アタシの天才返してよ。何入れてもだめなの?」

「うん、、、。ごめん。返す、、、。」

と言って、スマホを返そうとした瞬間に思い出した。

「あ!!推しアカなら入れるかも。」

すめらぎさんを推してたアカウントのパスワードなら覚えてる。なんてったって推しの誕生日に設定したはずだからだ。

「さすがすぎる。ファンの鑑じゃん。ガチ勢すぎてウケる。」

予想通りすんなりログインできた。

 このアカウントから、むぎのアカウントを探して、そのフォロワーからしゅうを探す。見つけたらDMしてしまえばいいだけ。しゅうが鍵アカにしてなかったのはラッキーだった。


                     カラオケ行くってママに伝えといて>

 

「てか、弟のアカウントに推しアカでDMしてんのもウケんだけど。」

むぎも世界一面白い変顔をして見せた。

 


 そのまま家の近所のカラオケに向かって、ちょっと歌った後に2人で、てか普通にここで充電して送れば良かったくね?ってなって爆笑した。

 すめらぎさんは2曲だけだけど、曲も出してて、夢中で歌った。何回も同じ曲を歌うのは初めてだったけど、莉菜もノッてくれてたし、気分が晴れた。カラオケってあっという間に時間が経つ。

 19時までフリータイム歌ったあと、自転車で大声で話しながら、途中の交差点で莉奈と別れた。

 時間見ようと思って画面をタップしたけど、全然起動しなくて、充電するの忘れてたってことに気づく。それくらいカラオケに夢中になってた。楽しすぎたから良しとしよう。

 家の駐車場の脇に自転車を止めて、家のドアを開けたら、ママが飛び出してきた。

「あんた、こんな時にどこに行ってたの!連絡したのよ!?」

ママが涙目になってる。

 あれ、そんなに遅くないし、連絡しておいたはずだけど。ちょっとのんびりしてたかな。さてはしゅうの奴ママに伝えてくれてないな。

「ごめんママ。充電切れちゃってて、しゅうには連絡したんだけど。」

ママの顔がさらに歪んだ気がした。

続けた言葉に驚いた。 

 

「しゅうが

しゅうが車に」