【短編】とじようの現実郷

エッセイと俳句。 最近はたまに小説。 人質を解放してください。

さかな

絶対に悟られたくない。

めっちゃ頑張ってるやん、と思われたくない。

【匿名性】でも話したが、見透かされたようなことを言われるのが恥ずかしくてたまらないのである。 

匿名性https://zinbei.hatenablog.com/entry/2022/11/24/002916

言い出すのが大変恥ずかしく、全然大したことない私ごときが言うことにも恥じらいがあるのだが、洋服がかなり好きである。

どのくらい好きかというのも何故か照れくさいので言わない。じゃあどのくらい照れくさいのかと言うと、たい焼きを買う時ぐらい照れくさい。

 

そんな私が洋服を選ぶ時に決めているポイントがある。

それは頑張りすぎていないかということだ。

こいつオシャレ頑張ってんなー、と絶対に思われたくない。

そうなると、絶対に取り入れられないアイテムが出てくる。

 

 

それはネクタイとフレアパンツ。

 

 

私服にネクタイを取り入れている人間はかなり服好きだと思う。見かけるとすごく良いと思うし、できるなら自分も付けてみたい。

だが、ネクタイをつけている人間はどう考えても頑張っている。何の役にも立たない細長い布を、(何故か両端は剣とよばれている)家を出る前に少しの時間をかけて結んでいるのだ。形が綺麗になるよう繊細に。私服においてのネクタイは、オシャレの為だけにある。周りの人からよく見られるためだけにある。そんなアイテムを取り入れるのは恥ずかしい。

ファッションなんて、大部分がモテたいという動機、そうでなくとも周りからよく見られたいという考えが根底にあることは分かる。実際自分もそうなのだが、おしゃれを頑張っているというのを前面に出すということは、男女グループで露骨に異性にアタックしていることと同義だと考えてしまうのである。

 

フレアパンツもそうだ。

フレアパンツとは、ズボンの筒の形が、膝あたりから裾に向かって広がっている物を指す。

去年、フレアパンツを購入したのだが、どうも恥ずかしくて履けない。アイテムがオシャレすぎて、頑張っている感が出るのだ。これが俗に言う、服を着ているのではなく、服に着られている、と言うやつなのだろうか。てかこれ言い出したやつ誰やねん。全然上手ないで。何言うてるかようわからんしな。着られてるて何。

シルエット自体が奇抜でオシャレであり、履いているだけで服好き感がかなり出る。フレアパンツを履いている男で、洋服に関心が無いやつなんて絶対に居ないのである。

洋服に関心があると思われたくない。見透かされたくない。わかった風に見られたくない。

 

自分がネクタイをしている人やフレアパンツを着ている人を見てもなんとも思わないし、なんとも思わないということは、それ以上に周りの人間は私のことをなんとも思っていないと思う。それは大いに分かっている。

 

そんな過剰な自意識で、恥を感じている時点で、周りの人が私に抱いている印象は概ね全て図星なのである。

 

エナジーファイト

 妹とそれなりに仲が良い。

 たまに洋服を見に行くことがあるし、ごく稀にご飯を食べに行くこともある。

 センスがいいので、洋服を選ぶ際は頼りになる。兄妹ということもあって、遠慮なく似合っていないものは似合っていないと否定してくれる。

 逆に後半は飽きてきて、「いいんちゃう」しか言わんなるけど。

 

 大きな喧嘩はほとんどしたことがないし、それなりに仲良い部類ではないかと思っている。

 

 

 1回論破されて何も言い返せへんくてビンタしたことあるけど。

 

 

 兄妹喧嘩の例として、兄妹のものを勝手に食べて喧嘩になった、という話がある。

 我が家ではそういうことは一度もなく、常にお互いの分を取っておいていたし、シェアしていた。たとえ取られたとしても、怒ったことは無い。

 

 

 

 

 謎の腹痛に襲われて目を覚ました。

 急いでトイレに駆け込んだその日は、春の連休明けだった。

 熱を測ると37℃以上あり、体調を崩してしまったのだと気がついた。

 働き出してから初めての経験ということもあり、どう連絡していいか分からなかったが、37℃ならギリギリ働けるかと思い、出勤することにした。

 体調が悪かったので、気合を入れるために、レッドブルを飲みたいと思った。

 体力が消耗した時や、体調が優れない。にも関わらず、どうしても働かなければいけない、活動しないといけない時にレッドブルを飲んで気合を入れるルーティンがあるのだ。

 リモートワークなので、母親の買い物ついでに買ってきて欲しいと頼んだ。

 

 

 

ーーーしかし、しばらくすると容態が変わり、信じられない腹痛に襲われた。生きていて味わったことの無い激痛。母親と妹も救急車を呼ぶかと言うほどであつた。

 トイレから動けなくなり、熱もかなり上がって意識朦朧としてきた。

さすがにこのお腹の調子でレッドブルはやばい。カフェインという刺激物は危険だ。

 アルギニンについてはよう知らんけど、どう考えてもお腹に良くはない名前してる。

 

 3本も買ってきてくれた母親には悪いが、その日は飲まず、仕事も休み、一日安静にしていた。

 

 

 

 

 雨が多い季節になった。

 仕事にも慣れ、緊張が段々と解れてきたのか、午後は眠たくなってしまうこともあった。

 

 前日の夜寝るのが遅くなってしまい、仕事中睡魔に襲われていた私は思い出した。

 

冷蔵庫にレッドブルがあるはずや。

 

 デスクから腰を上げ、部屋のドアを開け、階段をおり、リビングにある冷蔵庫の中を確認した。

 しかし、どの段を探してもそれは見当たらなかった。

 

 おかしい、3本あったはずで、先日妹に1本あげたような気かするけれども、残り2本はあるはずやのに。

 

 飲むとしたら父親か妹である。特に怒っていた訳では無いのだが、誰が飲んだのかは疑問だったので知りたかった。

冷蔵庫を離れたあとすぐ、ソファに目をやると、妹が寝ていたので、何気なく聞いた。

 

「あれ、レッドブル無かったっけ、飲んだ?」

妹は眠そうに

「………。飲んだかも……。」

と答えた。

 

 

飲んだやろ。

 いやそれは飲んだやろ。かもとかないやろ。あなた以外に誰がおんねん。飲んだか飲んでないかどっちかやろ。かもってなんや。怒られると思ったんかい。そのかもは。今まで怒ったことないやろ。あんな意味わからん味でギラギラのパッケージのもの飲んだら絶対覚えてるねん。どういうこと?飲み物の中でもレッドブルは特に飲んだか飲んでないかどっちかやねん。かもになるにはキャラが濃すぎるねん。おかしいやろ、プルタブもちょっと凝ったやつにしてるねんで。皆知ってるあれ?牛書いてるねん。開けた時印象残るやろ。3回開けてるやん。あんな他のどこでも見ん成分ばっか入ってるやつ。アルギニンとか、ナイアシンとか変なんばっか入ってるねんで。かもは無いよ。

 かもちゃうわ、

 

 

飲んだやん絶対。。。

 

 

 ほんでレッドブル3本のんだやろ?やのに寝てるんかい。昼間に。寝てもうてるやん。全然効果あれへんがな。いや飲んだ日は別日やとは思うけどな?飲んだやん絶対。いやほんまに。飲みすぎやほんで。どういうこと?なんかめっちゃハードなイベントがあったん?信じられへん。なんでや、

 

 

 

飲んだよな?

 

 

まあ全然ええけど。

 

 

ちょっと怒ったかも。

 

NG集 スイカ割り編

イカは好きだろうか。スイカ割りは好きだろうか。

イカ割りとは、目隠しをした状態で、棒を持ち、過度に回ったのち、指示に従いスイカをかち割るというサマースポーツである。

夏が大好きな少数派の私でも嫌いなものがあり、それがこのサマースポーツである。

 

イカ割りの主役とは、割る人と指示する人どちらなのだろうか。人数の比率で言うと、割る人は一人しか存在せず、希少な存在である。恐らくみんなこっちをやりたいのでは無いだろうか。

しかし、割る人は目隠しをされている上、開始準備に何度も回らなければならず、自我がほとんどない状態でのスタートである。そんな人間が周りの指示だけにしたがってスイカを割れたとて、なにか嬉しいことはあるだろうか。私は割れても割れなくても、今のどういうことだったんだ、となってしまう。自我がない状態でするゲーム、おもろいかな。

では指示側がメインなのだろうか。指示する人は割る人以外の人達であり、基本的には大勢いる。自分が指示側の場合は多人数の中の一人である。そんな中で私が指示したとて、私の「右右右」という声は届いているのだろうか。そんなことを考えてしまったミニバスの合宿では、スイカ割りの途中、暇やな、としか思っていなかった。

 

 

そもそも目隠しをした上でさらに回転もするからグダるのである。どちらか片方で良いのではないかと考えた。友人に聞いてみると普通に方向わかるから無理やろ、と言われた。回転だけ多めにして一発勝負でやれば回転率高くて面白そうだと思ったんやけどな。

 

イカ割りは長い。大して面白くないのに長いし暇なのである。ほぼバイトやん。

 

イカは普通に割らせてほしい。というか普通に切って食べたい。視界アリの包丁アリで。

 

エッセイお届け

嫌いなものばかりに熱意を持って語ってしまう節があるように思う。実際このブログもご飯のことがメインになっている気がする。

文章になると何故か嫌いなものや無理なものばかりを綴ってしまう。食事、筋トレ、歴史、たい焼き。それ以外にも酢の物、アルバイト、ものをちぎるという行為、列に並ぶということ、コメント欄、突然の雨、著作権フリーの摩耗したBGM、美容師、お笑いをわかったように見ている人とそれを見ている自分。 

 

これからは好きなものについて投稿したいと思っている。

ルフィも

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こういうふうに言ってるし、、、、。

 

ピザ屋でバイトしていた頃、3つ上の店長が、休憩室のロッカーにこの画像を印刷して貼っていた。なんかもうそれだけで嫌いになるだろうなとちょっと思った。

 

 

これは嘘だが、椎名林檎の丸の内サディスティックという曲に憧れてピザ屋のバイトに応募した。

免許を持っていなかったので、調理スタッフとして面接に行った。どう考えても狭いデリバリーピザ屋の調理スペースのさらに奥に案内され、パイプ丸椅子に腰を下ろした。店長はその部屋の中で一番良い、タイヤの着いたねずみ色の事務イスに座って

「配達どう?自転車あるから。時給も高いし。」

と言い、言われるがままに初バイトが始まった。研修はほぼなく、店長曰く、高卒の俺みたいなやつでもできる仕事だから大丈夫との事だった。

実際業務に入ると、携帯は触り放題だし、帰りに少しくらい寄り道したり休憩したりしてもバレないし、なにより合法的にオートロックを突破できる点が魅力的だった。マンションに住んでいた経験がないので、オートロックに興奮するのである。次点でエレベーター。それを体験できるという点だけテンションが上がっていた。

 

休憩時間はドラゴンボールレジェンズをやっている同僚と、ギャルが写ったプリクラが貼られたロッカーの間に休まる場所などなく、自宅で過ごした。

 

初日の業務を終え、小卒の私が退勤前にポーチのお金を精算をすると、マイナス2000円くらいの違算が出たが、店長が補填してくれ、今度からは自腹で補填してもらうという旨を伝えられた。

 

結局は誓約内容が怪しく、一日でやめてしまって、店長のことを嫌いになるとか以前に特に関係性が進むこともなかったが、制服を返しに行った時、なにしにきたーん?みたいな感じだったのが、そういう感じね。となった。まだ自分のロッカーが無かったので、ルフィのような何かが貼られているロッカーにトレーナーを押し込んで帰宅した。丸一日勤務した分の給料は貰えなかった。

 

今度突然大雨が降った日にでも注文しようかと思う。そうすれば突然の雨も店長も一気に好きになれるかもしれない。

完全めし

 

 

もずくなんて見た目は気持ち悪いし臭いも強烈だから食べられたもんじゃないと思っている、と早口で言った。気持ち悪いということを強調したトーンで。

さらに続けて、昔妹がフローリングに滑らせて部屋中がすごい臭いになった、ということも付け足した。

 

「言い過ぎじゃない?」と露骨に不機嫌な態度で言われた。

もずくが好きな人もいるのだから、そういうことを言うのは気分のいいことでは無いと言う。

 

いやいや、別に私がもずくを嫌いだろうがそれの嫌いな部分を語ろうが自由やないか。第一もずくが好きな人って誰やねん。もずく好きなやつなんかおらんねん、気持ち悪いな。ほんでふわっとさせてるけどそれ自分のことやろ。機嫌悪なってるやん。

好きな食べ物を貶されたくらいで不機嫌にならないで欲しい。機嫌が悪くなる、怒るのは何かしらもずくに特別な感情があってそうなっているのだと思うのだが、

その程度の愛でもずくの代表を背負わないで欲しい。

もずく代表なら貶されても機嫌を悪くせず、逆に魅力を語るくらいであって欲しい。

 

トマトが一番好きである。

トマト代表なのである。

トマトが嫌いな人間が多くいるのは知っているし、嫌いな理由もわかる。昔理系風の男がテレビで、プチトマトは眼球を食べているみたいだから嫌だと語っていた。確かに言われてみればそうだし、かなり気持ち悪いが、その程度では私のトマトが好きな度合いは変わらない。

むしろ自分の好きな食べ物は嫌いな人が多い方がいいという話もある。数人でご飯を食べに行った際に、トマトが入っているサラダが出れば、優先して貰うことができるし、その仕組みで言えば、もっと大きな枠組みで見ても、生涯で自分に回ってくるトマトの数が多くなるはずである。

 

 

幼い頃からの疑問がある。トマトが嫌いな人でも食べられる品種。トマトが嫌いな人でも飲めるトマトジュース。トマトに限らずだが、誰しも一度は苦手な人でも食べられることを売り文句にしている商品を見聞きしたことがあるだろう。

もし仮に、トマトが嫌いな人が、トマトが嫌いな人でも食べられる品種を食べることが出来たとして、それはトマトが食べれるようになったのではなく、トマトが嫌いな人でも食べられる品種のトマトが食べられる人になっただけだと思わないだろうか。

ここからはトマトに限った話になるかもしれないが、元々トマトが嫌いだった人がその品種をこれから毎回毎回日常的に買うという確率は限りなく低いだろうし、普通の品種のトマトが食べられるようになっている可能性も著しく低い。

普通の品種のトマトと苦手な人でも食べられるトマトは全くの別物だ。

トマトを克服するという点においては何の解決にもなっていない。

さらに少し逸れるが、普通のトマトを食べられる人は特別トマトが苦手な人のためのトマトを買う理由は無い。

どこに需要があるんや、その商品はよ。

苦手なもののいい所を疑似体験できるコンテンツとして提供しているのだろうか。

 

苦手な人でも食べられることを売り文句にしている食べ物を食べたことがないし、苦手な人でも食べられるからと言われても別にいいかなと答えると思う。

でも、もずくが苦手な人でも食べられるもずくをちょっと待ってる。

 

ミニ

中学生の頃、幼なじみに

 

「あなた根に持つタイプやなー」

 

と言われたことがある。

 

心外である。

全然そんなことないのに、なぜそんなこと言われなければならないのだろうと、今でも思い出してムカついている。